マイナンバー制度に関する投資対効果について

はじめに

マイナンバー制度を構成する要素のひとつである番号カード(マイナンバーカード)の発行がシステム上の不具合(?)により遅延しているという記事が日経コンピュータに出ている。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/ncd/14/379244/040700043/
(日経コンピュータ4月14日号に全文がでています)
これは単なる報道記事ではなく、あの有名な「動かないコンピュータ」というシリーズの記事であり、本来であれば原因を究明し再発防止策を共有するための他山の石となるべき内容である。(記事を読む限り、そのレベルに達していない状況のようだが)

Facebook上での議論

この記事を受けて、話題が動く。
「この後、情報連携に関するシステムを動かさなければならないのだが、原因を究明しておかないと同じ事が再び起こるのではないか」
「情報連携は果たして動くのだろうか」
「情報連携が仮に稼働したとして、業務上機能するのか、さらにそれがこれまでの窓口運用よりも有用か投資対効果まで問われたら答えられる人はいるのか?」
カード発行の話題から情報連携に関するシステムの効果に進んだわけだが、このやり取りの最後は私の発言だ。これは私自身が情報連携の仕組みについてずっと抱いてきた不安や疑問でもある。
それに対して、N県のNさんから、
この様な国家的事業での投資対効果は、どのように計測するのでしょうか?期間は?評価軸は?範囲は?公共の世界には義務的経費みたいなのも多く存在するのも事実ですし、やらなかった時の遺失利益の評価も必要かも知れないので、難しい質問のような気がします。
とコメントがあったので、これについて私なりの考えを残しておくことにする。

マイナンバー制度に関する投資対効果について

情報連携に限らず、マイナンバー制度全体について、投資対効果を議論しておかないと、国家的な損失を被ることになる。ところが、私の知りうる限り、これらの投資対効果についてきちんと議論した様子は見られない。
「番号制度は国家的なインフラ(基盤)なのだから、費用対効果の議論にそぐわない」と言う人もいるかもしれない。しかし、私はそれは認識の誤り、もしくはきちんと検討しないことに対する言い訳だと思う。
誤解のないように一言添えておくと、「費用対効果について議論すること」と「費用以上の効果を生み出すこと」は分けて考えるべきである。これは後述する。

マイナンバー制度を構成する要素(インフラとサービス)

ということで、まずマイナンバー制度を構成する要素について分類してみよう。
すでに聞き飽きた話かもしれないが、番号制度は3つの要素が含まれる。

  1. 付番
  2. 情報連携
  3. 本人確認

そしてこれらの要素が全てインフラ(基盤)なのかを疑ってみる必要がある。インフラでないものはインフラの上で提供される「サービス」として考えるとわかりやすいだろう。
インフラ・サービス

図.インフラとサービスの関係

ここでインフラとサービスの境界について考えておきたい。私が考えるインフラの条件(AND条件)は次のとおり。なお、このインフラは情報システムに限らない。

  • パブリックである(多くの者が利用可能な状態である)。オープンとは言い切れないが、少なくともクローズではない。
  • 定期的な修補により長期間(10年単位)で使用し続けることができる。
  • アーキテクトや要素技術の変更に対して耐性がある。
  • 規格化されている、あるいはデファクトスタンダードである。

逆にこれらの条件を満たせないものは、インフラではなくサービスとしてとらえるべきだろう。
ちなみに当初はサービスだったにも関わらず、上記の条件を満たすことでインフラとして取り扱われるようになったもの、さらにインフラとして継続させるために上記の条件を与え続けなければならなくなったものある。例えばインターネットとか、Linuxなどである。
蛇足だけど、オープンデータの取り組みが定着するか否かは、このインフラ/サービスの議論に当てはめてみると意外な発見があるかもしれない。これについては機会を改めて書くことにしよう。

何がインフラで何がサービスなのか

では、マイナンバー制度を構成する要素の何がインフラで何がサービスなのかを考えてみよう。

付番

上記の基準に当てはめて考えると、付与された番号自体はインフラだろう。そして付番を実現するシステム(住基コードから個人番号を生成する仕組みや、付番通知を郵送で行う仕組み)もインフラとして整理したほうがよいと思う。
なお、付番通知が不達になった場合のフォローアップはサービスに分類される。

本人確認

ここでいう本人確認とは主に公的個人認証を用いた電子的な本人確認と番号カードを用いた物理的な本人確認が含まれる。公的個人認証(JPKI)は文字どおりインフラである。また番号カードそのものもインフラとして扱うべきだろう。
番号カード発行システムは私自身はインフラだと思う。番号カードというインフラを成立させるための要素であると考えるからだ。

情報連携

さて、最後に情報連携である。情報連携のうち、LGWAN上に敷設された「情報提供ネットワークシステム」の通信経路に関する部分はインフラとして整理できるだろう。一方、情報連携を実際に行う仕組みの部分はインフラとは言い切れない。アーキテクトや要素技術の変化に耐性があるとは思えないからだ。
少なくとも本稼働する前に、度重なる仕様変更がなされてしまうようなものをインフラとして取り扱うことはできない。その上に乗っかるのはリスクが大きすぎるからだ。

インフラの費用対効果、サービスの費用対効果

ということで、マイナンバー制度はインフラとサービスが混在し、それが費用対効果の議論を難しくさせているのではないかというのが、私の仮説である。
ただ、それぞれを分けて考えると、答えは案外簡単なのではないだろうか。
サービスについては、単純にライフサイクル中で達成すべき成果・効果とTCOとを比較することで費用対効果を導き出すことができる。
私の関与する自治体では、情報化予算を得るために、CIO査定・企画アセスメントというプロセスを経る必要があり、そもそも成果・効果の目論見が定量的に示されない情報化予算は承認されない。
例えばサービスを実現するためのシステムが5年程度で見直されるようなものならば、ライフサイクルを5年間と決め、その期間での投資対効果を評価すべきだし、少なくとも投資回収できる目論見をもってシステム(ソフトウェアだけでなく、制度や運用も含む)を設計しなければならない。
私が「費用対効果を説明できないのでは?」と言っているのは、「システム設計(制度設計、運用設計)が未熟ではないのか?」という意味を含んでいるのだ。
ちなみにインフラと分類したモノに対して、投資対効果を無視していいかというと、そういう意味ではないことに注意してほしい。私から言わせれば、インフラはサービスに比べてライフサイクルが長く、効果が多面的に生じるために、簡単な積算で費用対効果の正解にたどり着けないというだけの話であり、インフラの投資を行う「前に」成果・効果の目論見を定量的に示さなければならないのは同じなのだ。
その上で、「費用対効果が見込めない。でもやるべし。」というのならば、その意義も含めて堂々と主張すべきだろう。インフラに対する投資とはそういうものだと思う。(繰り返すけど、サービスに対してそのような開き直りは許さない)

まとめ

今回も少し粗めの論考。ぜひ、ご意見賜りたく。
熊本と大分の地震が発生して、うちの職員も応援に行ってます。私はできることをやるというスタンスで待機しています。