最期の日
客室のドアを開けると約束の女がベッドに座っていた。月の光が淡く、窓をとおして漂っている。女はわずかな輪郭を残して暗闇の中にとけ込んでいた。 二時間ほど前にこうするように頼んでおいたので、気持ちの整理はついている。でもひとつだけ行き場のない想いが頭の中にすとん、と置かれていた。すとん、と置かれたまま明日は空の上である。空を越えて重力がなくなれば、この想いはどうなる……。 ぼんやりしていた。 女はこちらの様子を見て、いらっしゃい、とつぶやいた。商売女には見えなかった。無邪気な少女のように造られていた。 長い間無言だったので、女はわたしじゃダメですか? と首をかしげる。 --いつもこんなことをしているのか。 思い切って話した言葉も、ずいぶん陳腐な質問になってしまった。 --人間相手ならね。数え切れないくらい……でも、アンドロイドははじめてよ。 女は私をじっと見つめる。 --そうか。 苦々しい思いで私は女にくちづけをした。 変化することのない体温と規則正しい鼓動に包まれてながいながい時間を過ごした。
私は帰り支度を始めた。女はありがとう、と言って、タバコを器用にふかした。 --いっちゃうの。 --時間なんだ。ジェットに乗って、すぐに最前線だ。人間の為にね。 --お互いにツイてないわね。 つぶやく女の姿は小さく見えた。 私は自分の左腕をもぎ取り、女に向かって放り投げた。腕はベッドの上で軽くはねた。 女も自分の腕をもぎ取り、私に投げてよこした。お互いに相手の腕を自分の身体に取り付けて、自在に動く掌を見つめた。 --大丈夫。帰ってきたら、私の腕を返してもらうわ。 私は色の違う左右の腕を見つめながらニヤリと顔を歪ませた。 --私のはちょっとした高級品なのよ。 --同じ規格品のくせに。 女ははじめて笑った。
ゆっくりと閉まるドアを横目で見ながら私は外へと出た。 --じゃあ。 建物から一歩外にでると、空は明るさを取り戻し始めていた。すすの匂いと、ガレキの山の中を歩く。 私は人間のように口笛を鳴らしてみようと思った。しかし、それは音にならなかった。
(C) KAWAGUCHI Hiroyuki 1995
Last modified 2004-05-28 03:27 PM
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